ミスマッチ

「バグを探す時はコンピューターの気持ちになるんだよ」と昔僕に言った男がいた。

僕はその気持ちは今でもさっぱりわからない。

バグを探す時には根気強く一つ一つ確認しながら注意深く探すしか僕には出来ない。

コンピューターの気持ちになればもっと嫌な感じのする場所とかがわかるのだろうか。

そんな事を思い出しつつ僕が根気を発揮しながらステップ実行を繰り替えしていたところ

「吉田さん来客です」

と声がかかった。

そうだった。今日は現在作っているプロダクトのプロモーションの打ち合わせがあるのだった。

僕と上野はそそくさと名刺入れやノートなどを手に迎えに降りた。

「どうもこんにちは。お久しぶりです。」

彼女は顔見知りではあるけれど、ほとんどしゃべったことはないという程度の仲だ。

今回協力を申し出てくれたのでお願いすることにしたのだ。

会議室まで行き、電気が半分しかついていなかったので入り口まで戻って電気をつけて席へついた。

名刺交換などビジネスライクな挨拶を交わした後さっそく本題へ入った。

上野がまず現在の状態やお願いしたいことなどの説明をし、

彼女からはいくつかの提案やサンプルで作ったというものを見せてもらった。

話の中でもこどもにとっての「かわいい」と主婦層にとっての「かわいい」は別物だし、

男にとっての「かわいい」も別物であるというのは非常に興味深かった。

話は終始和やかに進みとっても楽しく終わったのであればよかったのだけれど、

残念ながらそうはいかなかった。

結果からいうと今回はお願いしないことになったのだった。

なぜそんなことになったのか、これは非常に言葉にしにくいのだけれど

僕の考えがあっているかの確証は無いのだけれど考えてみた。

今回なぜ破綻しかというと一つは上野の要求水準が非常に高かった点にあると僕は思っている。

僕はそれは理解は出来るけどその水準を満たせる人はなかなか居ないだろうなという感想だ。

上野は彼女に大して丸投げで良いものを作ってもらえることを要求し、

彼女は顧客である僕達の意見を取り入れて良いものを作ろうと考えていた。

そこにミスマッチがあったのだ。

上野と彼女が上司と部下という関係だったらもっとうまくいったかもしれない。

というのも上司と部下という関係であれば上司は部下をフォローするのが当然だ。

そういう立場であれば上野はそのように動く男だ。

しかし今回は違った。

彼女はフリーな立場で僕達のプロジェクトに参加しようとしている。

しかしながら僕達は僕達で彼女の助けが無ければ先に進まないという状態ではない。

多くの作業を抱えている僕達の状況から言うとこちらから要求を出すことすら時間の消費になる。

だから僕達からの要求はただ一つ

「手段は任せるからプロダクトが魅力的に見える何かを作って欲しい」

という事だけだった。

だから細かい要望なんてなかったし聞かれても答えようがなかった。

ある意味では彼女は相手が完全な素人である場合の振る舞いが出来なかったという点で未熟だったと言えるかもしれない。

だけれどもその水準というのは非常に高くまだ若い彼女には厳しいものだ。

やっていることは大きく違うけれど僕もプログラマという職業をしていてこういう場面はたまに出くわす。

それがなんとかなることもあるしなんともならないこともあって、大抵はなんともならない。

そういう水準だ。

特に結論は無いのだけれどプロフェッショナルというものについて僕自身が深く考えるきっかけになった、

こういうミスマッチというものをどうすればいいのかを考えるきっかにもなった。

能力が不足しているわけでもない。

そうではなくやり方の問題だったりあるいはタイミングだったりでうまくいかない事もあって

それってどうしたらいいんだろうか。

今日は夜にもつ鍋を食べた。