昼過ぎから

物語のようにブログを書くというのはどうかと思ったのは昼過ぎだった。

昼過ぎだったのは偶然でも何でも無く、単純に目が覚めたのが昼過ぎごろで、つまり僕はそのぐらいの時に外出の準備をするためシャワーを浴びていたのだ。

シャワーを浴びている時にいいアイデアが思い浮かぶという体験をしている人はそれなりにいると思う。僕自身はそういう時もあるしそうじゃない時もある。

大抵はありふれたアイデアだったりあるいは思い出したくもない過去を思い出したりするのだけれど、今日のアイデアは試してみる価値もあるかなと思った。

需要があるかはわからないけれど、それなりに長い文章を書くのにブログはちょうどいいし、そもそもこういう文体を僕は気に入っている。だから書いてみるのだ。

じゃあ今日は一体何があったかというとそれほど代わり映えはしなかった。

朝は寝ていた。昼頃起きた。職場に移動し仕事をこなし、夜に帰ってきて寝る。ただそれだけだ。

だいたいの毎日はそういう風に終わっていく。それが楽しいのかと聞かれるとなんとも言えない。

毎日というのはそういう風に始まりそして終わるものだと思っているし実際そういう風になっている。

それが嫌だとかやめたいとか思わない程度には僕は今の状況を気に入ってるのだろう。もちろん、細かく見ると昨日と同じ今日を過ごしたわけではない。

昨日とは違うご飯を食べたし、昨日とは違う会話をしたし、昨日とは違う仕事をこなした。

何か一つの物事が起きた時にそれを大きな事として見るのか小さな事として見るのかによって人生の退屈さは変わる。

雲の形を楽しめる人もいれば雲は雲で単なる天気の一つでしかないと思っている人もいる。

この場合雲の形を楽しめるほうが人生が楽しいんじゃないかと思うほうに僕はいてそういう風に雲を見ている。

神は細部に宿るわけだし神の存在を感じるには細部に注目しないといけない。

何かを言ってるようで何も言ってない。そんなブログをしばらく書いてみようかなと思ったのだった。